わたしのモチベーションアップ術 >> そうじをする

そうじをする

“そうじ”というと、美容院で読んだ週刊誌の記事を思い出します。

それは、コメディアンから出発して、今では世界的にも有名になった映画監督のことが書かれたもので、毎朝のトイレ掃除を若い頃から今日に至るまで1日も欠かしたことがないというのです。

「くだらない番組をやっても視聴率が上がるし、小説を書くと売れるし、絵を描いてもいい絵だと評価されて美術館に収蔵されたりする。

そのうえ道楽で映画を創ったら入賞したり、グランプリにえらばれたりするが、特別な才能があるわけでもないのにどう考えても不思議だ・・・・・・」と言って、「こころ当たりはたった一つだけある」「若い頃師匠にトイレを掃除しろ!と言われてから、その日以来毎日やっている」「ロケに行った時など、公園のトイレは自分が使った後はいつもきれいだというのが噂になるほどだったが、掃除道具もトイレットペーパーもない時には素手でやっていた・・・・・・」というのでした。

あまりにものイメージの違いに驚くと同時にその話を読んでいくうちに「30年以上も続いているという“トイレそうじ”によって得たものは何なのだろうか?」としばらく私は考え込んでしまいました。

本人も、それがどうして皆にもてはやされたり評価されたりすることに結びつくのかがさっぱりわからないと言っているのですが、分からないでやっているから本物なのでしょうね。

分かったらその時点で打算的な行動となってしまってそのような結果は招かれないような気がします。

「そうじをすると良いことが起こるというから」と良いこと目的でするのでは効果がないようです。

その一方で彼の話をきいているうちに「トイレには本当に神様がいるのかもしれない」という気もしてきました。

昔の人がよく「家には7人の神様が住み着く」と言います。

最初に入ってくる神様は一番良い場所を探して、床の間や応接間といった一番お金がかかっていそうな場所を選びます。

そして2番目の神様、3番目の神様と順に良い場所を取っていきます。

“うすさま明王”という神様はお土産をいっぱいもってきてくれるのでいつも到着するのが最後になってしまい、結局はもうトイレしか空いていなかったのでそこに住み着いているのですが、一生懸命そうじをしてもらうとうれしくて、ごほうびにお土産の“しあわせ”をたくさんもらえるのだそうです。

仏教の中でも“曹洞宗”では特にトイレのことを“東司(とうす)”といって“僧堂”“浴室”の3つを“三黙道場”という名で呼び、身を清めて世の中の不浄が清められるようにと祈る場所となっています。

なんでも「オンクロダノウ ウンジャク ソワカ」と真言を唱えながら掃除をするといいという言い伝えがあるのだそうです。

いくら“神頼み”しても自分の将来は自分で切り拓いていかないといけませんが、自分の“モチベーション”をあげるための手段として“神頼み”を利用するのも1つの手かも知れませんね。